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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)155号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人の辯護人楠見嘉寿彦上告趣意書第二點は「原判決ハ減刑ノ原因タル事実上ノ主張アリタルニ拘ラズ之レニ對スル判斷ヲ示サザル違法アルモノト信ズ即チ原審辯護人ハ前記ノ如キ被害者ノ情状並ニ同人ノ健康状態ハ天命既ニ死ニ瀕シ自己モ亦死ヲ欲シテ自殺ヲ企テタコトアル実情ナリシ事実及被告人ノ前記ノ如キ情状ニ加フルニ今日ニ至ル迄何ノ過誤モナク當時十五歳ノ長男ヲ頭ニ六人ノ子女ヲ抱ヘ赤貧ノ家庭ニ在リテ被告人ノ腕一本ニテ生計ヲ維持シ來リシ状態ニテ今俄ニ之ヲ囹圄ノ人タラシメンカ遺族ハ如何ニシテ生計ヲ營ミ得ルヤ一族路頭ニ迷ヒ延イテ社會国家ヲ毒スルニ至ランコト凡ソ知ルベキノミ而シテ現代行刑ノ目的ハ改過遷善ヲ主トシ教育主義ヲ以テ本旨トスルニ於テハ被告人ハ本件犯行後既ニ前非ヲ悔ヒ再犯ノ虞レ耗消モナク尚一層更生ノ光明ニ挺身シ居ルモノナル事実等叙上諸方面ノ事実ヲ主張シテ被告人ニ對シテハ酌量減刑ノ上刑ノ執行猶豫ヲ附スルノ相當ナルベキ旨主張シタリ然ルニ拘ラズ原審判決ハ漫然被告人ヲ懲役三年ニ處スト宣言シタルノミニテ右減刑並ニ執行猶豫ヲ不當トスル理由ヲ示サザルハ明カニ右辯護人ノ主張ニ對スル判斷を遺脱シタルモノト云フベク違法ノ判決タルヲ免レザルモノト信ズ」と謂うにある。

以上は刑事訴訟法第三百六十條第二項に謂う「法律上--刑ノ加重減免ノ原由タル事実上ノ主張」の場合を論旨とするものであろう。蓋し然らざれば他に此の主張の論據となるべき法條も亦條理をも発見し得ないからである。仍って按ずるに、右刑事訴訟法同條項の意義は、或る事実が存する以上必らず刑を加重減免すべきものと法律が特に規定してをる事由を指すのであって、刑の裁量の標準となる諸般の情状に關する主張の如きを謂うのではない。從って論旨に謂うが如き酌量減輕或は刑の執行猶豫を受くるに適する情状があると云ふが如き主張は之に該當しない。今原審公判調書を閲するに、成る程辯護人は「被告人の爲縷々有利な辯論をした上酌量減刑を賜はり被告人に執行猶豫の恩典を與へられ度いとの辯論をした」との記載はあるが、上示の理由により右辯護人の主張に對し、原審は之が酌量減輕又は刑の執行猶豫を與えなかった理由を特に判示するの必要は毫もないのである。論旨は理由がない。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の理由により、刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の如く判決する。

此の判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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